つまらないこと

仕事なのだから、つまらないことでも、真摯に取り組むべきだ、という価値観があって、まあ、そうなのかもしれないけど、どうせなら自分が興味を持てるものとか、かつて知ったるものを仕事にしたいな、とは思っている。

そういう意味で言うと、現状の現場はズレまくっているわけで、180度とまでは言わないまでも、150度くらいはズレてそうな印象がある。脱出の方法を色々考えるのだけど、何が正解かはわからないし、失敗への恐怖もあって、いまいち踏み出せないでいる。

皆が華原朋美になりたかった時代

皆が華原朋美になりたかった時代、というのは確かにあったと思う。時代が変わった、と彼女は言うけれど、確かにその通りなのかもしれない。時代は変わった。

https://youtu.be/08ntjTkNVME

結局、この国は「利用する者」と「利用される者、搾取される者」で出来上がっているような気がしてならない。先のオリンピックだって、そんな構図なんではなかろうか。清貧であれ、清く正しくあれ、と古き良き時代の価値観を植え付けられた人間達が多い一方で、そんな奴を利用して、のし上がった一部の連中だけが利益を総取りするような構図。

彼女もそんな「被害者」の一人のような感じを受けた。

夏の終りに(2021年)

早いもので8月も、もう終わりである。未曾有のパンデミックは未だ収まることを知らず、世の中は混沌に溢れかえっているのだけれど、もう、これはこれとして、受け入れて生きていくしかないのだろうな、と思っている。

色々な「価値転換」が起きるだろう、と思っていたのだけれど、世の中から隔離された生活を送っているので一般的な世間の価値観がどうなっているのか、とんと掴めていない。この前、駅前の居酒屋ばかり入っているビルの前を通ったときにふと気がついたが、軒並み8月一杯まで一斉休業になっていた。コンビニの前で酒を呑む人間があふれかえるわけですよ。欲望の資本主義で描かれていたように、人間の欲望は「止まらない」のだから。

まあ、他人のことをとやかく言えるほど高尚な暮らしぶりを維持しているわけでもないのだけど、結局、なにか自分自身の中での「転換」を起こそうと思えば、この疫病が溢れかえる世の中へ飛び出していかないといけない、と思ってしまうと、もう、数年はこのままでも良いのかなと思ってしまう。