挫折しかないかも

1日というのは、物事の節目で、今年何度目かのリセットを考えていたのだけど、結局何もしないままで終わろうとしている。

もう、今年は無理かな、と思いつつ、来月からアレをやろうとか、これをしてみようとか、色々な思いを巡らせていたのだけど、結局何も始まらない。

今年は感情の起伏が大きすぎて、波があった一年だった。色々なものを見つけたけれど、何か、何もしないで有耶無耶にして過ごしてしまった一年のような気がする。もう少し、何か出来たのではないか、とか。もうちょっとやりようがあったのではないか、と今になって少し振り返って思ったりもする。

医者が信頼出来ないこと

新年になって、一発目のメンタルクリニック。医者を根本的に信頼していないので、何かを語るべきなのかもしれないけど、特に何も語ることはない。

睡眠導入剤を貰えればいいかな、程度の意識なので、もはやどうでもいいのかもしれないけど、メンタルクリニックとの縁は切りたいとは常々思っては、いる。どうすれば縁が切れるんだろうか。

フレッシュスタート疲れ

1月は、何か物事を始めるにはちょうど良いということで、色々考えて始めてはみたのだけれど、何か疲れてしまったような気がする。虫歯が4箇所、というのもいろいろな意味で痛かったかもしれない。

生きているだけで精一杯。

出勤した帰宅の途上は、必ず電車酔に似た症状に襲われて、気分が悪くなる。「行き」の電車はそうでもないのですけどね。日々、ストレスに思うようなことは減った感覚はなんとなくあるのだけれど、結局、この病気は「一生モノ」の付き合いを前提に、人生設計していかないといけないのかもしれない、と改めて思う。

何も無い土曜日

年末年始なので、メンタルクリニックも間をあけたせいか、何も無い土曜日。ぼけっとしていたら、何もないまま時間が経過してしまう。

何かをしなくては、という強迫観念にかられてしまう。それはそれで良くないのかもしれないのだが。

夕方まで爆睡

気分が乗らなかったので、という理由で久しぶりに休んだ。朝、起きた瞬間にエンジンが入るか、入らないか、という微妙なレベルではあるのだけれど。

そして、そのまま夕方まで爆睡。CPAPを朝方までつけていたので、CPAPのせいで何か眠れていない部分があるのではないか、という気が少しはするが、多分、違うのだろう。

医者への不信感

今日の通院で、今年のメンタルクリニックもおしまい。随分前からある、医者への不信感というのを相変わらず拭いきれていない。

何が不信感の原因なんだろう、と考えると、診療時の会話の内容だったりするんだろうけど、そこを言い出すと延々とこちらのターンで何かを訴えていかないといけない気がして、なんかめんどくせーな、という気になって、そのままになっている。

とりあえず、今年はさっくり眠れるような睡眠導入剤のパターンを見つけることができただけでも「良し」とするべきなんだろうか。来年は、もはやメンタルクリニックとの付き合いそのものを根本から見直すべき時期なのかもしれないのだが。

目が覚めない件

目覚ましで一発で起きられなくなって、暫く経つ。5時間睡眠でも何とか過ごせていた時代が終わって、年齢を重ねた、つまり、老いた、ということだろうか。

パンデミックのおかげで在宅勤務が身体に染み付いた、というのもあるのだろうけど、出勤が日常に戻ってきたらこの習慣もまた変わるんだろうか。

続・出勤からの帰り道

ソラナックスは、もう、言ってしまえば抗うつ薬なので、飲みたくはなかったのだが、結局のところ、気分の悪さには勝てないので薬に頼ってしまった。結果としては、それでOKだったのだけど、なんとなく気分の不快さ、というのは残った。

色々なものにストレスを感じていて、それが解消されない限りは何ともならんのだと思う。定年が60歳だとしても、あと15年はあるわけで、そこまでどうやって生き残っていくのか、というのは真剣に考えないといけないのかもしれない。

出勤からの帰り道

先月末から週1の出勤体制になったのだけど、帰り道の東横線でほぼほぼ、気分が悪くなる。出勤したときにまともに昼飯を食べないでiQosばかり吸っているのが原因なのか、マジのストレスなのか、原因がいまいち掴めていない。

言えるのはおそらく、身体も心も在宅勤務、リモートワークに慣れきってしまったんだろうなあ、とは思う。考えてみれば、対面でのコミュニケーションでのストレスがない生活というのは快適ですからね。そりゃあ、出社すればストレスも溜まるわけですよ。