形骸化した人事評価

誰かが言った。

目標管理制度という名の人事評価制度がある会社は駄目だ

と。

結局、半年、通期で仕事をしていれば、流れる案件もなすべき仕事も変わるのだから、まあ、当たり前なんだけどね。期頭で、ミッションリストはあるけど、それは結局覆るから、って役員レベルで宣言しちゃうのってどうなん?って思う。宣言した人事評価目標も結局巧くいっていなくて、評価しているから、とか言いつつ、何が評価されているのかわからないのは、物凄いもやもやする。性格の問題か?

身体のケア

2年位前から、相応に身体の心配をするようになってきて。丁度精神的に健康に戻りつつあった頃ですかねー。体重もそうおうに10キロ程落としてきたのです。1年半くらいかけて。酒も平日に飲むのをやめたし。だけど、ここ3ヶ月で殆ど運動しなかったので、5キロ程太ってた。1ヶ月に1回、歯医者に定期健診に行くのですけど、歯医者でもケアが出来ていないね、って先生に怒られるし。

なんか、この辺が微妙にマルチタスクじゃないんだよね。って、ふと余裕が出来て思い直した次第。ああ、いや、ある所で体重の話を読んだのでね。

Windows8の優位性

課題になっていたWindows8の課題解析レポートをガラだけ書き上げたのだけど、いまいち全貌が見えないな。ModernUIで、スレート系のPCへ持って行きたいのがマイクロソフトの真意だとしてもだ。結局開発屋としては、WindowsRuntimeと、HTML/JavaScriptの開発手法に乗っておけばマルチデバイスに対応出来てwin-winになれるんだろうか。

一区切り

デバッグが終わって、開発一区切り。来週から結合試験。日付変わって、今日は振休。会社の上期が終わって自己評価、目標管理システムの稼働時期なのだけど、正直、なんかどうでもよくなってる。疲れが先にきてしまって、何だか、思考能力が落ちているんだろう、とは思うのだけどね。

モノも見ずにクレームつけんな。

営業アシスタントのお姉ちゃんから電話が来て、お客が製品の外寸がわかる説明書が欲しいと言っている、というので、送ってあげた。ついでに、そういうのは上司を経由して依頼をしてくれると色々捗るから、と伝えた。30分後に当の営業から私にメールがきて、外寸がわかる設計書をくれ、と言ってきたので、アシスタントのお姉ちゃんにあげたから、それを見ろ、と返信した。

すぐに返事が返ってきて、もらったものじゃ中身が足りないから、製品の設計書をよこせと言ってきたので、携帯に電話して具体的に何の情報が欲しいのか、と聞いたら、図が入っているドキュメントが良いと言う。さっき渡したドキュメントにも図はありますけど?それじゃあ不足ですか?と聞いたらドキュメントは見ていないけど、と来た。

なんでモノを見ずに足りない、もっと良い物をよこせと言えるのか神経を疑う。

それに、自社開発の製品の設計書なんてそうそう簡単に渡すもんじゃねーよ。NDAも結んでない相手に。

ストレス

彼女に逢う都度に思うことは、過度のストレス発散の手段を持っておかないと、本当にどうしようもなくなるのだということを改めて実感するということ。別に逢ったから日常の生活で何かが劇的に変化するわけではないのだが、すーっと力が抜けていくのはわかる。

コミュニケーション不足

基本は、コミュ障のきらいはあると思っている。人見知りだし、相手の性格とか、思いを理解してからでないと話をしたくない。めんどくさいんだ。色々。踏み込んでいいライン、良くないライン。線引なんて本人にしかわからないしね。
営業から依頼があって、投げ返した仕事がようやく進んだ。多分僕が進捗会議で「泣き」をいれたからなんだろうけど、上から営業のトップにクレームが入ったんだと思われる。仕方ないなーって感じで朝一に電話してきて、コミュニケーション不足ですいません、とか侘びをいれられたけど、コミュニケーションを拒否したのは君の方だ。相変わらず「ひき」が悪い。人間関係の。

終わった

開発終了。別にパワハラをする上司がいるわけではないので、かつてのようなメンタルでの酷い追い込まれようがあったわけではない。だけど、この3ヶ月。巧くいくべきだった何かを放棄して、責任感のみでミッションに取り組んできた。残業代が出るわけでもないし、気を回して、書いてない仕様を読み解き、現行業務の仕様「思想」を探る日々。何か違うんだよ、何かが。別にたっぷり報酬を貰っているわけでもないしね。

漸く終われそう

結局2週間で終わらせる予定だった開発は2ヶ月半かかってしまった。技術力が不足していると見るのか。それとも仕様の曖昧さと設計書のいい加減さを呪うべきか。SIerの能力不足を呪うことは簡単だけれど、残業代も含めて充分な報酬、見返りがないのならば、そこまで頑張ろう、という気には僕にはなれない。ニッポン的な価値観ではそれはNGなんだろうな、と思う。

怨嗟の声

検索エンジンは忘れない、象のごとく

関連記事が幾つかPOSTされているのだけれど、逆の視点から考えると、恨みを買った人間に対する手軽な怨嗟の声を表現するツールということにならないか。マイナスなイメージは何時までも残る。抑止力として働く、というようなイメージで。web界隈で働く人間の世迷言にすぎないか…